第2回 2007年度 物質科学分野 受賞者 神谷 真子さん

東京科学大学 総合研究院 化学生命科学研究所 教授 博士(薬学)

ひとつずつ選び取るように進んできた科学の道は
無限の可能性を秘めたワクワクする場所

科学が身近な環境から研究者としての一歩がスタート
私は現在、主に蛍光プローブという化学物質の研究をしています。細胞の中の状態や現象といった情報を得る技術に活用できる化合物で、がんなどの細胞の病変部位を光らせて可視化する技術に活用されています。
結果的に医学領域に携わっていますが、はじめから医療に興味があったわけではありませんでした。東京大学は1 〜2年生のうちは専攻を決めずに幅広く学んだうえで、3年生になってから学部を選択するというシステムです。そのときに私は薬学部の研究室を選択。小さな学部ではありましたが、生物学や化学、物理などの各分野を横断的に取り組む点が魅力的だと感じました。
私は文系よりは理系を学びたいという漠然とした志望動機で進学し、「研究者になりたい」と思っていたわけでもありませんでした。たまたま父が物理学の研究者で、生まれ育ったつくば市が国や企業の研究機関の多い地域で、科学が身近な環境だったために自然と興味を持ったタイプです。日本では特に女性科学者の割合が少ないわけですが、進学前から科学者になりたいと決めている学生だけでなく、当時の私のように漠然と興味を持っている人材のポテンシャルをいかに引き出すかということが重要なのではないかと思います。

試行錯誤とアイデアの共鳴が無限の可能性につながる学問
ケミカルバイオロジーは、生物学的な考え方と有機化学の手法を横断的に駆使して細胞の中で起こっている現象を解き明かしていく学問です。この分野の醍醐味は課題に対してアイデアを巡らせ、試行錯誤する点にあります。世界にまだ存在しない化合物をつくるワクワク感や、予想どおりの成果が得られたときの嬉しさは格別ですね。
一方、予想どおりの結果が得られなくても、それが新しい展開へのヒントになることもあります。研究室の学生が「失敗しました…」と意気消沈して実験データを報告してくることもしばしばですが、それが実はおもしろい可能性を示していることがあります。どんなデータも「何かに使えないかな」と発想を柔軟に捉えることが大切で、これも分析系の学問のおもしろさです。
さらには、黙々と考え、手を動かすだけでなく積極的なコミュニケーションによる情報収集も重要です。私自身もそれまで研究していた蛍光プローブから、分子振動に由来するラマン信号を使用したプローブの研究へと発展させるきっかけとなったのは異なる分野の研究者の助言のおかげでした。私の研究発表を聞いた東京大学の小関泰之教授が、ラマンプローブの先行研究と私の設計した蛍光プローブが似ていると指摘してくださり、共同研究をすることになったのです。蛍光プローブより多くの分子を解析できるラマンプローブの開発に成功したことは、大きな自信になりました。
自分の試行錯誤が他の人のアイデアと交差して新しい展開につながっていく楽しさ。そして、医学などの他分野で成果が応用されるやりがい。他者と共鳴するように進めていくのがケミカルバイオロジーの魅力です。

留学と出産
経験をとおして考え方に変化

振り返ってみると、周りの人たちの影響を大いに受けながら科学の道を歩んできたと気づかされます。特に女性が研究者を続けていくには周囲の環境やサポートが重要です。若い頃は「男性と同じ基準で評価されたい」という気持ちから、女性だからといって特別扱いする必要はないと思っていましたが、さまざまな経験をとおして考え方が少し変わっていきました。
ひとつは留学です。スイスの研究室では男女比は半々で、女性も積極的に主張していました。私はそこで、海外の女性と比べ日本女性は控えめで、自分で手を挙げないという傾向に改めて気づきました。
もうひとつは出産です。どうしても時間の制約が生まれてしまい、はじめのうちは悩みました。そして、さまざまな制度や先輩のアドバイスに支えられて乗り越え、働き方を変えていくことができました。出産というライフイベントの影響の大きさと、それがいまだに女性のほうに大きな負荷となる社会のバイアス。それによって、控えめに振る舞わざるを得ないという背景などを実感し、意識的に女性の背中を押すことが大事なのだと思うようになりました。

きっかけをもたらし合ってポテンシャルを引き出す
だからこそ、「ロレアル-ユネスコ女性科学者 日本奨励賞」のような取り組みは本当に必要なことだと思います。私にとっても受賞が励みになり、研究を続けていく大きなモチベーションになりました。
今後の科学界、女性科学者のためにできることは、きっかけをもたらし合うことだと思います。私が3年前に東京科学大学に研究室を持つことになったのは、この大学の女性の先生から声をかけてもらったのがきっかけでした。女性が仕事を続けていく環境は整ってきていますが、目に見えない社会通念のバイアスを乗り越えるためには頑張る女性を見出し、声をかけ合っていくことが必要で
す。私自身がそうしてもらってきたように、学生や次世代の皆さんのポテンシャルを引き出し、自信を与えられる関わり方をしていきたいと思います。

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