第1回 2006年度 生命科学分野 受賞者 佐々木 真理さん
私の人生の中心にあり続ける科学
もっと社会に身近になればさらに深まっていく
まだ見ぬ世界を解き明かす
研究者への憧れ
“研究者”という存在をはじめて知ったのは小学校低学年のとき、本の中での出合いでした。伝記を読むのが好きで、学校の図書館で毎日1冊本を借りて読んでいました。あらゆる人の伝記を読み進めるうち、野口英世や北里柴三郎、マリー・キュリーといった研究者に漠然と惹かれるようになりました。
いざ大学進学となって薬学部を選んだのは、化学・物理学・生物学の自然科学全般を横断的に扱う学部だったから。研究室を選ぶ段階で生物系を選択したのですが、高校時代はカリキュラム上の都合で3年間一度も生物を学んでおらず、むしろ物理が好きでした。しかし、物理学に比べて、生物学はまだまだ手つかずの謎が多く存在し、未知の分野が多いのではないかと思い、そこに大きな可能性を感じました。「これからは生物学が盛り上がる時代になる」―― 知識のない高校生ながら、そんなふうに時代を読んで科学の道を歩み始めました。
奨励賞受賞は謎多き膜電位の世界を歩んでいくきっかけに
私が主に研究している膜電位とは、細胞内と細胞外の間に生じる電位差のことです。神経細胞や筋肉細胞では活動電位という非常に大きな膜電位変化が発生し、情報伝達に利用されています。これまで活動電位以外の膜電位の生理的な役割はほとんど分かっていませんでしたが、この電気信号が細胞の分裂を制御していることを解明。さらに研究を続けていくことで、細胞の増殖制御において新たな治療戦略が生まれる可能性があります。
「ロレアル-ユネスコ女性科学者 日本奨励賞」を受賞したのは大学院修了と同時でした。博士課程は、まだまだ研究の手法を身につける段階。料理でいえば、レシピ本どおりに作ってみる段階と似ています。学位を取得してはじめてどう研究を進めていくかを模索し、“自分なりのレシピ作り”が始まります。そこからが研究者という仕事の醍醐味でもありながら、やりたいことができる環境
が約束されているわけではないという厳しさの始まりでもあります。
私の場合は所属が変わるたびに研究分野を変えてきましたが、現在は再び膜電位の研究に戻ってきました。受賞時のテーマと今の研究内容は対象がやや違いますが、受賞のタイミングは膜電位による生命現象の謎に出合った、いわば“レシピの1ページ目”となる時期。このタイミングで一定の評価をいただけたことは、その後の研究者人生を歩んでいくうえでの自信にもつながったと感じます。
子育てしながらの研究者の道
厳しい道のりも精神的な助けに
また、「ロレアル-ユネスコ女性科学者 日本奨励賞」のあり方そのもの、女性科学者を本気で応援する姿勢にも力をいただきました。奨学金の使途が指定されている賞が多い中、研究を続けるために必要ならば何に使ってもいい。ちょうど受賞後に長子を出産したこともあり、経済的にもとても助かりました。当時は徐々に育休制度が整いつつありましたが、現在ほど恵まれた状況ではありませんでした。だからこそ一般企業からの支援はたいへん心強く、意義深いものだったと感じています。
子育てをしながらの研究活動は険しい道のりでしたが、良い作用もありました。研究が行き詰まって悩んでいる間も子どもは成長していく。まさに目先が変わる新鮮な体験で、精神的な助けになりました。時間を無限に使えないからこそ戦略的に実験を組み立てるようになり、研究者としてステップアップした部分もあります。
女性科学者、科学の未来には多くの人の力が必要
振り返れば、スウェーデンに留学していた際の研究室は8 〜9割が女性で、学会でも多くの女性科学者に出会いました。彼女たちに、「スウェーデンも昔はそうだったから、あなたが頑張らなければ」と鼓舞されましたが、日本は心がけだけで変わっていくのはなかなか難しいと感じます。出産・育児をしやすい環境として、特に学内保育所や制度が整ったのは大きいですが、そもそも「女性を重要なポストから遠ざけているものが何か?」を問うことこそが日本で必要とされていることなのかもしれません。
そんな中で、私が挫けずに研究を続けてこられたのはただただ科学が、研究が好きだからです。そこに性差はないと思いますし、子どもたちが抱いた科学への興味や「好き」という気持ちを絶やさないような活動が、もっともっと広がっていくといいですね。
スウェーデンでは大学主催の子ども向けイベントを植物館で開催していました。教育と研究機関が開けた交流を持つことが、次世代を育むために必要だと思います。とはいえ、今の日本では女性支援も次世代育成も現場の頑張りだけでは限界があります。国や自治体では追いつけないからこそ、企業の外的アプローチが肝要です。ロレアルは日本の女性科学者を応援し続けて20年という確かな実績と想いをお持ちです。この活動がより広く知られ、共感してくれる人や組織が増えていけば、きっと日本は変えられる。そう信じています。